U.K. イギリス Vol.16(Brexit Vol.13:報道等において正面から触れられていないブレグジット三点 3 points concerning Brexit which have not been confronted in the media etc.)

期日である3月29日まで1ヶ月近くとなった。3年前の英国国民投票以来、ブレグジット(英国のEU離脱)に係る報道・報告・分析や英国政府等発表を英語及び日本語で折に触れて追う中で、あまり正面から触れられていない印象のある三点を以下挙げる。

一.関税同盟離脱とハードボーダー不実施の非両立
英国においては、議会・国民・企業・有識者等に跨ってEU残留派及び離脱派それぞれが、国民投票前政治運動に始まり現在まで延々と主張をし続け、現時点から見て期日までの両派の合意そしてEU英国の合意等への道は険しい。報道等からは、こんな印象を受ける。
結局、南北アイルランド国境がこの険しさの原因であろうと昨年前半に感じ、バックストップ(1998年グッドフライデー和平合意の下で南北国境に物理的な管理施設を設けない措置を2020年末の移行期間終了までに導入できない場合にも引き続き現状どおり国境を開放しておく安全策)について報道が多く出た昨秋にその感覚が強まった。
英語報道等では、端的な説明報道はあり、非両立を前提とした報道等も少なくないが、正面から上記非両立自体を取り上げて一つ選ぶしかないとしたものは無い印象がある。他方、日本語報道等でも、上記非両立について正面から論じている報道等は皆無という印象があり、(一昨日発見した)筆者が存じ上げないある日本のシンクタンクの研究者の方が書いておられる論のみではなかろうか。
その論においては、完全離脱のためにはハードボーダー(全く別個の経済地域として日本が外国との間で設けているような厳しい国境管理)が必要である一方、現状どおりハードボーダー無しのままにしたいならEUと同じ経済地域としてEUの関税同盟・単一市場の中に留まるしかないので完全離脱は諦めるしかない、とされている。そのとおりではないか。これを公式に言うと元も子も無いから妥協案を探し続けたというのが現実であったという総合的な印象を持っている。しかし結局、無いものは無い
非両立であるから、最終的には「誰かがどちらか一つを選ぶ」しか無い。方法は国民投票・議会議決・解散総選挙とあるが、2015年総選挙時の公約とされた国民投票が2016年に行われその結果によって現在まで本来不要と思えなくもない混乱が続いているので、国民投票結果が実際の国民の意志であるのかを確認する国民投票を実施するのが最も無理の少ない論理ではないか。
そもそも、国民投票に限らず投票行為自体が民意を問われる内容そのものよりも政治的な風に左右され易い上に、国の現状を変えるための国民投票結果があまりに僅差であった。仮に現状維持であれば政治的な風に左右され易い投票結果が僅差でも、そのタイミングではたった一回で決めてしまって構わない。他方、50年100年に一回の現状大転換であれば、僅差を民意の確かな証明と捉えて本当に国を変えてしまっていいのかと民主主義下において問うて何が不味いのか。これが具体的に分からないまま今に至る。二回目の国民投票までやって確認した上でハードブレグジット(合意無き離脱)に突入するのであれば、英国国民の多くは納得するのではないか。

二.離党議員の選挙区事情
21日時点で、野党第一党たる労働党の下院議員8人が離党した。党首のブレグジットに関する煮え切らない姿勢や反ユダヤ主義的姿勢への不満等が、理由とされている。他方、保守党下院議員3人も、政府与党の破滅的なブレグジット対応への不満等を理由に離党した。両者は野党自由民主党に合流するのではなく独立グループを結成し、(おそらく筆者の上記考えと同じか近い)二回目の国民投票を目指すとのことである。「選良」「代議士」として純粋に国を憂い改善するための行動であるとも、選挙区の支持者あってこその議員であるため何らかの事情が関係しているとも、一般には諸々考えられる。
今回離党した元労働党の8議員(以下カッコ内は、苗字;選挙区・片仮名州名)は、コフィ(Coffey;Stockport・グレーターマンチェスター)、スミス(Smith;Penistone and Stocksbridge・サウスヨークシャー)、シューカー(Shuker;Luton South・ベッドフォードシャー)、ゲイプス(Gapes;Ilford South・グレーターロンドン)、ウムンナ(Umunna;Streatham・グレーターロンドン)、レスリー(Leslie;Nottingham East・ノッティンガムシャー)、バーガー(Berger;Liverpool Wavertree・マージーサイド)、ライアン(Ryan;Enfield North・グレーターロンドン)各氏、同じく離党した元保守党の3議員は、スーブリ(Soubry;Broxtowe・ノッティンガムシャー)、アレン(Allen;South Cambridgeshire・ケンブリッジシャー)、ウォラストン(Wollaston;Totnes・デヴォン)各氏である。
例えば、最近見た英国のある大学の研究によると、上記コフィ議員のStockport選挙区では、EU残留及び離脱の両支持数が拮抗している一方、(持家価格上位層より中位層の方が人数が通常多いであろうが)残留投票者割合が持家価格に比例して増加した分布となっていた。とすると、二回目の国民投票を推す背景に、人数のより多い持家価格中位層のうち一回目は離脱投票をした少なからぬ層が現在は残留派に転じているとは考えられないか。今後の下院議決における議員の投票行動を見る際に、持家価格に限らず選挙区事情の分析が有効である場合があろう。

三.金融街シティの非嗜好政策
2015年総選挙には大勝したとは言え、現在までそして今後も続く混乱を考えると、二大政党が根付いた英国においては、多くの保守党支持が離れても本来おかしくないはずである。また、現に労働党党首の煮え切らない上記姿勢は、ブレグジットについてはむしろ軟着陸嗜好を示していると考えられる。
しかしながら、左派色の強いコービン労働党による政権、具体的には同党の公共事業の再国有化富裕税導入などは、望まれていない、ハードブレグジット以上に恐れられている、というのが概ね報道等論調である。前者による財政赤字拡大・インフレ率急騰及び英国国債需要低下・長期国債価格低下、後者による年収 8 万ポンド以上の層に対する所得税増税及び同層の海外流出による歳入減、をシティは警戒しているとされ、概ねその警戒は的外れではないと考えられる。
字数の関係上、例えば前者のみ触れると、GDP比87.5%(2017年)という極端には酷くない債務残高、PFI(社会資本の整備・運営を民間資金・経営能力・技術力により行う)などのPPP官民連携)を積極的に推進したのがブレア労働党政権でありシティがヘアカットを強いられる再国有化は今さら望まれていない、などは考慮せねばならない。その上で、このような保革の路線対立は、古今東西よくある話とも言える常々大きなテーマであり、上記以外でも要考慮要素を容れてその時に採るべき策を随時慎重に探って行くしかない根気の要る話である。

なお、即時の報道やその直後の可能な範囲の分析は無論重要である。また、長いプロセス、重大な国際社会的影響、複雑怪奇な政治経済事情などを節目節目で整理して取り上げる重要性も、筆者個人は通常むしろ充分に尊重する方である。しかしながら今回は、既に数えきれない報道等が流れた後の現時点で、期日までに一回だけ書くということで、このようにした次第である。

平成31年2月22日午後1時50分
文章:中港 拓


投稿者: 中港拓

ワールドソルーションズLLC 代表。『アイルランドの政治・行政・企業・地方・大学: 英文脚注15000以上』 著者。